2019年7月30日 (火)

船上山から大山、蒜山へ!

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私達の車は、鳥取県の琴浦町内から大山隠岐国立公園に指定されている「船上山」(センジョウサン)を目指しました。

標高は615mと、あまり高い山ではありませんが、その南方に連なる勝田ケ山、甲ケ山、矢筈ケ山などと連なって古期大山(約100万年前)の外輪山と云われています。

      

     

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県道289号線を南下してゆくと、進行右手に目指す「船上山」の独特の山容が見えてきました。

山頂からその山麓に向かって高さ100以上の断崖が見えます。

両輝石安山岩の柱状節理の断崖で、天然の城塞のように見えます。

      

          

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私達の車は船上ダムによって作られた船上湖に到着しました。

目の前に湖が広がり、すぐ先に船上山が見えていますが、あの山が「天然の要害」となって後醍醐天皇を守った歴史があります。

 

 

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今から680年程前の鎌倉時代に、後醍醐天皇は隠岐の島へ配流されました。

倒幕を目指す後醍醐天皇は翌年2月24日の未明に島を脱出され、伯耆の海岸へ到着しました。 天皇を奉迎した名和長年は直ちに船上山に立て籠もり、押し寄せてきた幕府軍と攻防を繰り返したのです。

船上山には仮の御座所が設けられ、臨時朝廷が80日間在ったことが「神皇正統記」に記されています。

         

       

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船上山の山頂付近には「天皇屋敷」が残され、「船上神社」が建立されています。

また、修験道の「千丈のぞき」という絶景ポイントもあるようですが、私達は先を急ぐため、今回はこのまま大山高原を抜けて蒜山方面を目指すことにしました。

 

 

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琴浦町のカラー・マンンホールの上部に描かれているのが、あの「船上山」です。

柱状節理の断崖が茶色く描かれていますね~。

         

      

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私達の車は県道34号線から44号線に移動して「地蔵峠」へ出て、そこから県道45号線を走って「大山高原」、そしてやっと目指す「蒜山高原」に到着しました。

広々とした牧場の向こうには、上蒜山、中蒜山、一番右に下蒜山、の「蒜山三座」が見えています。

いつも思うのですが、清々とする、いかにも高原らしい伸びやかな眺めです。

      

         

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