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2019年3月 2日 (土)

伊予鉄道・松前駅

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伊予市双海町にある「日本水仙花開道」で、見事な水仙の花々に囲まれ、幸せな気分に浸ってきた私達は、双海町串の住宅街に戻ってきたところで、大きな石塔を発見!
 
「下浜の五重塔」と呼ばれる高さ6.38mという大きな石塔です。
 
 
 
 
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今から287年も前に発生した「享保の大飢饉」で餓死した人々を供養するため、串村の庄屋が中心になって浄財を募り、この供養塔を建立したようです。
 
これまで、歴史の本や小説などで、何度か「享保の大飢饉」という災害名を目にしたことがありました。
でも、せいぜい江戸や大坂などの大都会だけのことかと思い込んでいましたが、こんな小さな寒村にまで餓死者が出ていたんですネ~!  驚きです。
 
 
 
 
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私達は双海町から松山市内方面に車を走らせ、途中で立ち寄ったのが、伊予鉄道郡中線の松前駅です。  漢字で、「松」の「前」と書いて「マサキ」と読みます。
 
明治29年(1896年)に南予鉄道が開通した当時から存在する駅で、駅舎もその当時のままということですが、正式な記録が残っていないため証明できていません。
 
 
 
 
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ホームなどは改築を重ねてきたのでしょうが、駅舎はいかにも古い、趣ある木造駅舎です。
 
松前の町は漁村なので、「おたたさん」と呼ばれた行商の女性が、この駅から魚介類を天秤棒や籠で松山市駅まで乗車して運び、市内で売り歩いていました。
 
小学校3年生まで松山で過ごした私も、頭に籠を載せて売り歩く「おたたさん」の姿を、よく見かけたものでした。
 
 
 
 
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現在の松前駅の平均乗降客数は1,015人という少ない人数ですが、駅前には自転車がズラリと並んで、毎朝この駅まで自転車で走ってくる中学生、高校生の姿が目に浮かぶようです。
 
 
 
 
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私達の車は松山ICから松山道へ入り、高松の我が家を目指します。
 
車は、四国中央市から高松道へ入り、香川県に入ってしばらくすると、遠くに「讃岐富士」の飯野山が見えてきました。
 
 
 
 
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遠くに見えていた讃岐富士(飯野山)は、みるみる大きく見えてきます。
 
夕空にクッキリその姿が見え、本当に富士山そっくりでした
 
さあ! 高松の我が家まで、あと一息です。
 
 
 
 
 
 

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コメント

こんな美しい姿の石塔が悲しい謂れを込めていたなんて・・
餓死者が普通にでるような時代が有ったのですね
松前駅、ホームに柱が「線路」でできているのが懐かしさを
1時間に4本もあるなんて結構便がいいのですね。

→ 鉄腕マトムさん

こんな四国の田舎でも餓死者が出ていたなんて、思ってもいませんでした。

まつまえ、で無く、まさき、なんですよね。
レトロな駅舎、イイ感じです!
東レの大きい工場がある街ですね^.^/

→ キハ58さん

かなり大きな東レ愛媛工場、よくご存じでしたね~! 

知らない人は「マツマエ」って読みますよネ。

高松温かいのでしょうね・・山が独立峰だと 小さくても
富士山に似てきます。 日本人は富士山が好きですよね~

→ 遠音さん

高松では、水仙が咲いて、梅が咲いて、そろそろボケの花の蕾が膨らんできました。

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