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2018年11月 6日 (火)

平家物語歴史館・その三

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第十二景 「那須与一、扇の的を射る」
 
寿永四年(1185年)二月、源義経は背後から屋島を急襲しました。 平家軍は驚いて船に乗り移りましたが、敵が少数と知って激しく戦いました。
 
夕方になり、合戦が止むと小舟が一艘、漕ぎよせてきて、傘の先に扇を立てて傍らの女御が陸へ向かって手招きをしました。
 
義経は那須与一宗高に「あの扇を射よ!」と命じました。
 
与一は馬を海へ乗り入れましたが、北風が吹き、波に揉まれて扇が揺れています。 与一はついに「南無八幡」と念じて鏑矢を放ちました。 見事、扇は空へ舞い上がり、ヒラヒラと海へ舞い落ち、両軍からどっと歓声が上がりました。
 
(平家物語 巻十一 「那須与一」)
 
 
 
 
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高松市牟礼町に、那須与一が荒れる波間で馬を乗せたという「駒立岩」などの史跡が残されています。  
 
源平の合戦が行われた当時、「屋島」は浅瀬を渡ってゆくことができる程の「島」であったようです。
 
 
 
 
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第十三景 「安徳天皇、入水」
 
屋島の合戦に敗れた平家は、西へ逃れ、関門海峡近くの彦島に水軍を結集しました。 
 
源氏は海戦は不得手でしたが、水軍を持つ豪族を味方につけ、いよいよ壇ノ浦で平家に決戦を挑みました。 はじめは平家が優勢でしたが、潮の流れが逆になると、徐々に源氏が平家を圧倒しました。
 
二位尼(清盛未亡人)は覚悟を決め、まだ8歳の安徳天皇を船端へお連れし、尼は涙を流しながら天皇を抱き上げると「波の下にも都がございます」とお慰めしながら入水しました。
 
(平家物語 巻十一 「先帝身投」)
 
 
 
 
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第十四景 「平教経、壮絶な最後」
 
平家の武将・能登の守・教経は、矢を射尽くしたうえ、大太刀と大薙刀を左右の手に持って斬りまくりました。  敵の大将である源義経を求めて、次々に敵船に乗り移ってゆき、途中で義経を見つけたのですが、義経は味方の船に飛び移ってしまいました。
 
教経は諦め、武器も兜も投げ捨て「さあ、来い!」と大声をあげました。 力自慢の安芸太郎・次郎兄弟と家来らが一緒に斬りつけましたが、教経は家来を蹴落とし兄弟を左右に挟んで海へ飛び込みました。  行年二十六歳でした。
 
(平家物語 巻十一 「能登殿最後」)
 
 
 
 
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第十五景 「平家滅亡」
 
平家の心ある武将は、みな海へ身を投げました。  総大将・平知盛(清盛の四男)も「見届けるべきことは見終った、今は自害しよう」と言って乳母子の伊賀家永と共に、鎧二領を身に付けて海に沈んでゆきました。
 
これを見た家来二十余人も、手を組み合って水中に没し、あの世への供をし、平家は滅亡したのです。
 
前内大臣・宗盛(清盛三男)、大納言・時忠(清盛の義兄)などが生捕りになりましたが、後に斬られたり、流されたりしました。
 
戦いすんで日が暮れて、壇ノ浦に静寂が訪れましたが、それは滅びた人々への鎮魂のようでした。
 
(平家物語 巻十一 「内侍所都入」
 
 
 
 
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第十六景 「祇園精舎の鐘の声」
 
建礼門院は、我が子・安徳帝の後を追って入水しましたが、源氏の武将に引き揚げられました。  都へ帰ると落飾して尼になり、やがて人も訪れぬ大原の里の寂光院の傍らに小さな庵室をつくって、安徳帝と一門の人々の菩提を弔う毎日を送っていました。
 
文治二年(1186年)後白河院が大原を訪れ、女院の庵室をご覧になると「おもひきや深山のおくにすまひして 雲ゐの月をよそに見んとは」という御製の歌がありました。
 
間もなく墨染の衣を着て帰ってきた女院は「生きながらに、天上、人間、餓鬼、地獄、畜生の六道をめぐりました」と、しみじみ語りました。
 
(平家物語 潅頂巻)
 
 
 
 
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第十七景  「琵琶法師」
 
吉田兼好は「徒然草」の中で「平家物語は後鳥羽院のとき、信濃前司行長が作って、生仏(ショウブツ)という盲目の法師に語らせたものだ」と書いています。
 
しかし、他の作者の名を挙げている本もあります。 恐らく、鎌倉初期に「平家物語」の原本ができ、その後、さまざまに手が加えられたものと考えられます。
 
従って多くの要素が巧みにまとめられ、決定的なことは、盲目の琵琶法師が民衆に語って聞かせたことで、現在のように読む小説の形態ではなかったということです。
 
(「平家物語」 巻一 「祇園精舎」)
 
三回に渡って、高松市内にある「平家物語歴史館」で蝋人形で表現されている17の場面をご紹介してきました。   800年以上も前の出来事ですが、なかなか、興味をそそられる場面の数々でした。
 
 
 
 
 
 

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コメント

物語の忠実な再現に驚きです!
蝋人形の出来栄えもさることながら、各場面の迫力が写真からでも伝わってきます。

→ 鉄腕マトムさん

平家の隆盛、驕り、そして滅亡を、蝋人形で、うまく表現していました。

文字で読むより、その壮絶さが伝わってきました。
今の平穏な日本にも、こういう争いがあったのですね。
詳細な解説、ありがとうございました。

→ キハ58さん

昔から、何となく見たり、聞いたりしていた平家物語を、こうして一度に眺めることができるのは、他では体験できないかもしれませんね。

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