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2018年10月29日 (月)

高松にある蝋人形館

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高松市の海沿いの埋め立て地にある「高松・平家物語歴史館」という「ろう人形館」を訪ねてきました。  
 
館内に入ると、その一階には「四国ゆかりの偉人」が勢揃いし、二階からは800年前に行われた「源平の合戦」模様が、見事な蝋人形で再現されています。
            
 
 
 
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館内一階にに入ると、先ず、四国で生まれた各界の偉人・著名人がズラリと並んで、訪れた人を迎えてくれます。
 
こうして並べられると 「そうか、ここの出身だったか!」と思い出させられたり、「こんな人も居たなあ!」と感心したり…の一時でした。
 
 
 
 
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私達が、この平家物語歴史館を訪れたのは10月9日。  
 
訪れた人達は、先ずこの椅子に座って記念撮影をするのでしょう!
 
 
 
 
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先ずは四国出身の著名人が等身大の蝋人形でズラリ!
 
香川県引田町出身の「笠置 シズ子」は、終戦直後の昭和22年、服部良一作曲の「東京ブギウギ」が大ヒットして「ブギの女王」と呼ばれ人気歌手、そしてたくさんの映画にも出演した人気物でした。
 
同じく香川県出身の「山下奉文」陸軍大将。 太平洋戦争開始と同時に第25軍司令官となりマレー・シンガポール攻略に参戦。 終戦時にはフィリピン戦線でアメリカ軍と戦い、戦後は戦争犯罪者として処刑されました。
 
伊予・松山の出身で日露海戦で名を馳せた「秋山真之」。 その生涯は、司馬遼太郎の書いた小説「坂の上の雲」で詳しく描かれました。
 
徳島市出身の舞の名手「武原 はん」。  小学校卒業後、大正3年に大阪の大和屋芸妓学校へ入り上方舞をまなび、昭和のはじめに上京し二世西川鯉三郎に師事し上方舞の新境地を開き、昭和28年から恒例となった「舞の会」は、毎年満員の客を集めました。
 
 
 
 
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もう、かなり年配の方しか知らないプロ野球の名選手・監督が四国から沢山出ています。
新居浜市出身で巨人軍を何度も日本一に輝かせた監督「藤田 元司」、高松市出身で読売巨人軍の名監督「水原 茂」、同じく高松市出身で、西鉄のホームラン・バッターとして大活躍した「中西 太」。
 
愛媛県出身で多摩美大を卒業し、未来志向のイラストレーションで知られ、大阪万博、沖縄海洋博、つくば科学博、などのイベントにも参画した「真鍋 博」。
 
「弘法大師」の名でしられる空海は、香川県善通寺市の出身。 唐から帰国後、高野山に籠って真言宗を広め、毎年3月万人が訪れる四国八十八ヶ所の巡礼も弘法大師の足跡を辿るものです。
 
高知県安芸郡出身で三菱財閥の祖「岩崎弥太郎」。  徳島市出身で、大正10年に日本化薬に入社し昭和10年社長となった「原 安三郎」。  香川県津田町出身で、叔父が経営していた養豚組合に勤務し、その後、徳島ハム株式会社、日本ハム株式会社と大会社に成長させた「大社 義規」。 
 
こうして実物大の蝋人形を眺めていると、時間を忘れそうになりました。
 
 
 
 
 
 

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コメント

蝋人形館のイメージは、子供の頃読んだ子供向けミステリー小説では必ず犯罪が起こる・・という記憶が・・
それにしても、四国出身の著名人を蝋人形で再現する発送は面白いですね、
さて、二階の「源平の合戦」の様子を見たいです!

→ 鉄腕マトムさん

四国出身の著名人、かなり沢山いることに気付かされました。

知りませんでした!
四国を理解するのに、とても素晴らしい施設ですね^.^/

→ キハ58さん

あまり有名な施設ではないので、多くの観光客が訪ねる…というところでは、ないようです。

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