2017年6月25日 (日)

石清水八幡宮・あれこれ

Img_0103

Img_0097
 
石清水八幡宮の御本殿二棟は、現存する建物の中で最古、そして最大の八幡造の建物です。 幣殿、舞殿などが廻廊で結ばれている光景は、煌びやかなものです。
 
現存するこれらの社殿は、天正8年(1580年)織田信長が社殿を修復、天正17年(1589年)豊臣秀吉の廻廊修復、慶長11年(1606年)徳川家光による社殿造営、と続いてきたものです。 
 
 
 
 
Img_0094
 
私達も、御本殿でお参りを済ませた後、建物右側へ回ると御祈祷などを受ける際に昇る、御本殿昇殿口が見えました。  
 
 
 
 
Img_0095_2
 
檜皮葺の落ち着いた佇まいの建物が重要文化財の「若宮社」です。
 
こちらには、男性の守護神とされる第16代・仁徳天皇をお祀りしてあり、御祈祷終了後に「清め衣」に氏名、数え歳、願い事を記入して納めると、毎月19日に祈願祭を斎行して焼納されます。
 
尚、女性の場合は、女性の守護神である応神天皇の皇女がお祀りされている、すぐ右隣の「若宮殿社」で、同様の「清め衣」の願い事が奉納されています。
 
 
 
 
Img_0098
 
「若宮社」の左側奥には、「一童社」、「住吉社」と小さな祠が並び、その先には古代から優れた倉庫の役割を果たしてきた「校倉(アゼクラ)」がありました。
 
空気が湿ると木が膨張して隙間が無くなって湿気の侵入を防ぎ、空気が乾燥すると木が縮んで隙間ができ、庫内の空気が入れ替わる…という優れた構造を持つ校倉造りです。
 
 
 
 
Img_0099
 
石清水八幡宮の周囲を大きく囲んでいる塀が「信長塀」です。
 
織田信長公が寄進した塀で、瓦と土とを幾重にも重ねることにより、銃撃に耐え、耐火性に優れた塀だと言われています。
 
寄進が天正8年(1580年)だとすると、もう437年もの年月を経たことになります。
 
 
 
 
Img_0102
 
Img_0101
 
この信長塀の外側に大きく幹を伸ばしている御神木の「楠」は、楠木正成公が建武元年(1334年)に寄進された楠と伝えられています。
 
指折り数えてみると、寄進されてから683年が経過していますので、樹齢700年は妥当な年数だと考えられます。
 
 
 
 
Img_0107
 
この八幡市近郊には、多くの名水があり、伏見を始め多くの銘酒の里があります。
 
ずらりと並んでいる寄進された酒樽は、外国人観光客にも評判の光景だそうです。
 
お酒を飲まない私でも、知った名前がズラリと並んでいました。
 
 
 
 
Img_0114
 
石清水八幡宮の鎮座する男山から京都方面を眺めたの写真です。
 
すぐ近くには天下分け目の「天王山」もあり、歴史に度々登場する地域です。
 
 
 
 
 

v>

«石清水八幡宮

« 2017年6月

       
1
Img_0061
2
3
Img_0075
4
5
Kizakura_kappa_country_1
6
7
Honden1
8
9
Img_0108
10
11
Img_0116
12
13
Img_0002
14
15
Img_0019
16
17
Img_0050
18
19
Img_0049
20
21
Img_0072
22
23
Img_0086
24
25
Img_0094
26
27
28
29
30