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2017年2月28日 (火)

旧・広瀬邸の母屋

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私達は旧・広瀬邸の来賓用建物「新座敷」から廊下を渡って、「母屋」へ戻りました。
 
思っていたより案外と小さな「茶の間」がありました。  
考えてみれば、あまり、大きな部屋より、この程度の小さな部屋の方が落ち着くのかもしれません。
 
 
 
 
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一方、こちらは従業員が食事をしたり、作業をしたりする居間から台所方面。
 
流石に、こちらには十分に広く大きな区画です。
 
 
 
 
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こちらは大きく、天井の高い台所。
 
隅っこに、「住友家」を示すハッピが残されていました。
 
 
 
 
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座敷、居間の両方から登ってゆける、ちょっとお洒落な二階への階段です。
 
 
 
 
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宰平の漢詩から採用された、母屋・二階の「望煙楼」です。
 
北と東に手摺を設けて洋風の意匠を用いて、洋式便器・暖炉・避雷針も設けてあります。
 
 
 
 
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「望煙楼」の北側には、新居浜市内が見渡せ、遠く四阪島精錬所も眺められました。
 
 
 
 
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「望煙楼」の東側の窓からは、表門から内庭方面が眺められます。
 
明治22年に完成した旧・広瀬邸は、別子銅山を支え、新居浜を近代工業都市へ変貌させた実業家広瀬宰平の邸宅。
平成15年5月、国の重要文化財に指定された、趣きある邸宅でした。
 
 
 
 
 
 

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コメント

茶の間のストーブでしょうか暖炉でしょうか、それなのに火鉢というのが時代を感じさせてくれます、煙草盆を前にくつろいでいたのでしょうか・・
台所も居間にも炊事が始まりそうな気分、それにしても大きなお釜!

→ 鉄腕マトムさん

これだけの実業家の邸宅には、どれ程の使用人がいたのでしょうか?

女中頭以下、さぞ、多くの人が立ち働いていたのでしょうネ~!

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