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2017年2月25日 (土)

旧・広瀬邸の庭から、、、

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「広瀬記念館」の見学を終えて、「旧広瀬邸」へ向かうと、木立の中から先ず見えてくるのが、煉瓦造りの、まるで倉庫のような建物です。
 
 
 
 
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広瀬宰平の長男・満正が、大正12年(1923年)に建て、自らの知識の開発のために設けた「馨原文庫」です。
 
この名称は、明治16年(1883年)満正が、この地に設けた「馨原校」という私塾から名前を採用したもので、 義務教育が開始されるまでの期間、教師を雇い、書籍学用品を支給して付近の子供達を集め、児童教育を施していました。
 
 
 
 
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渡り廊下の先に見えてきたのが、広瀬家の持仏堂「靖献堂」です。
 
大正13年に完成したもので、正面に「天皇家」、左に「住友家」、右に「広瀬家」が祀られていました。 何だかお祀りしていることの規模が違います。
 
外壁にはベンガラが塗られ、屋根・裳階は銅板葺きです。
 
 
 
 
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大きな庭園を更に進んでゆくと、左手に「母屋」と「新座敷」とが見えてきました。
 
これらの建物は、次回、ゆっくりとご案内しましょう。
 
外から眺めても立派な木造建築物だということが感じられました。
 
 
 
 
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その、母屋・新座敷から見える内庭には、心字池を中心にして東屋を設け、茶室を配置した豪華な内庭が見渡せる工夫が為されていました。
 
我々貧乏人から考えると、とても個人の庭とは思えない贅を尽くした内庭で、その維持もさぞ大変なことでしょう!
 
 
 
 
 
 

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外観を見ただけでゾクゾクしてきました
邸宅好きにはたまらないです!

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