« 縮景園の散策 | トップページ | 広島・原爆ドーム »

2016年12月14日 (水)

広島・平和記念公園

Img_0101

 
広島市内のホテルへ、早めにチェックインした私達は、少し市内を歩いて「平和記念公園」へ行きました。
 
市内を流れる元安川にかかる平和大橋を渡ると、右手に毎年8月になるとテレビ画面に登場する、お馴染みの「平和記念資料館」が見えてきました。   
 
 
 
 
Img_0102
 
Img_0105
 
昭和20年8月6日午前8時15分。 広島に原子爆弾が投下され、その年の12月までに14万人もの多くの人々が亡くなりました。 
 
その死没者を慰霊するための「原爆死没者慰霊碑」には、その日も沢山の人が手を合わせに訪れていました。
 
中央には石室があり原爆犠牲者の名簿91冊、253,008人分が納められ、石室の表面には「安らかに眠ってください、 過ちは繰り返しませぬから」と刻み込まれています。
 
 
 
 
Img_0106
 
原爆死没者慰霊碑の先には「平和の池」が設けられ、一番北東側には、両手を合わせた形をした「平和の灯」が見えます。
更にその先遠くには、原爆投下のモニュメントである「原爆ドーム」が望まれます。
 
 
 
 
Img_0107
 
この少し先で、後ろを振り返ると、「平和の灯」の向こうに「原爆死没者慰霊碑」が見え、更に左右に大きく「平和記念資料館」が広がっているのが見えます。
 
私は過去に「平和記念資料館」を訪ねたことがありますが、余りにもむごく悲惨な資料の数々にとても全てに目を向けることができませんでした。
 
 
 
 
Img_0109
 
Img_0108
 
Img_0110
 
見えてきたのが「原爆の子の像」です。
 
その日も修学旅行なのか、どこかの中学生が沢山の千羽鶴を持参して、「原爆の子の像」の前で歌を唄っていました。
 
12歳のとき、原爆による白血病で入院し、鶴を千羽折れば病気が治ると信じて鶴を折り続けながら短い生涯を終えた佐々木禎子さんの死をきっかけに、原爆で亡くなった子供たちの死を慰めるため、世界中からの善意の資金で建設されました。
 
 
 
 
Img_0111
 
平和記念公園の端まで歩いてくると、元安川の向こうに原爆ドームが見えてきました。
 
次回は、あの原爆ドームに、もっと近づいてみたいと思います。
 
 
 
 
 
 

« 縮景園の散策 | トップページ | 広島・原爆ドーム »

コメント

小学生の頃、学校に図書室に原爆被害の写真集がありました
生々しい写真ばかりでしたが閲覧できたのですよね・・
今では絶対にそんなことはできないでしょう、
なぜ有ったのかいまだに疑問です。

→ 鉄腕マトムさん

一昔前までは、事実は事実として後世に伝えようとする、そんな気持ちの方が強かったのでしょうネ~!  

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/530215/64571288

この記事へのトラックバック一覧です: 広島・平和記念公園:

« 縮景園の散策 | トップページ | 広島・原爆ドーム »

2017年11月

     
1
2
Img_0064
3
4
Img_0167
5
6
Img_0175
7
8
Img_0002
9
10
Img_0001
11
12
14
13
14
Img_00013
15
16
Img_0002
17
18
Img_0012
19
20
Img_0033
21
22
Img_0061
23
24
25
26
27
28
29
30