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2016年11月11日 (金)

旧三河島汚水処分場・喞筒場施設

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東京都が、まだ東京市と呼ばれていた大正11年から、我が国初の汚水処分場として活躍し、下水道の近代化に貢献した施設として、その歴史的価値から国の重要文化財に指定されている旧・三河島汚水処分場の喞筒(ポンプ)場施設を訪ねてきました。
 
 
 
 
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折あしく小雨の降る中、係の方が、門衛のあった建物から始まり、汚水処分場の中を説明しながら案内してくれます。
 
大正時代になって、荒川区に出来たこの施設が、我が国初の下水処理施設ということで、その碑が建っていました。
 
 
 
 
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首都東京の地下を流れてきた下水道の流れを、このポンプ場で地上に汲み上げ、重い砂や泥を沈殿させて取り除き、軽いゴミをろ過し、浄化した水を荒川へ流してきました。
 
 
 
 
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実際に汚水が流れていた本管の中まで入って、その詳しい説明を受けました。
 
下水管の内部は、硬く焼いた陶板を隙間なく敷き詰めてあり、それぞれの陶板には接着の際にその内部に残る空気を抜くための小さな穴が空けてあります。
 
 
 
 
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二ケ所の汚水取り入れ口を交互に使うための、巨大な鉄扉がありました。
 
ゴロゴロと大きな音を響かせながら鉄扉が下りて下水の流れを調節していたようです。
 
 
 
 
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赤い煉瓦造りの大きな建物内部には、巨大なモーターがポンプを動かし続けてきました。
 
平成11年に稼働を停止されるまで、何度も修理されながら動き続けてきた汚水処分場施設です。
 
 
 
 
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大正11年から、我が国で最初に稼働を始めた汚水処分場が、つい16~17年前まで現役で仕事を続けてきたことに、驚かされました。 
 
先人の考案した工夫と、知恵とを、随所に見せてくれる近代化遺産施設です。
 
 
 
 
 
 
 

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コメント

これは全く知りませんでした!
美しいレンガ造り、アナログな装置
少年探偵団の小林少年が拉致監禁されていそう~

→ 鉄腕マトムさん

指定された汚水処分場を見学しないとマンホール・カードは差し上げません…という条件付きの場所が全国に三ヶ所だけあります。 旧三河島処分場がその一つです。

 

下水処理で不衛生無くなって、疫病とか減りましたね。
感謝感謝の施設です。
ちなみに、子供の自転車乗り練習は、ここの公園でやりました^.^/

→ キハ58さん

そうでしたか!  ご存じだった、懐かしい場所だったんですね~。  驚きです。

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