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2016年10月 3日 (月)

彦根、埋木舎

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彦根市内で少し早めの昼食を終えた私達は、彦根城内にある駐車場に車を停め、城内から外掘を渡り堀端へ出ました。
 
上の写真は彦根城の佐和口多聞櫓ですが、綺麗に化粧され城郭らしい見事な眺めです。
 
 
 
 
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滋賀県護国神社裏の白く長い練塀の角に「埋木舎→」の案内板が立てられていました。
 
井伊直弼が32歳までの多感な青年期を過ごした館は、もうすぐ先です。
 
 
 
 
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井伊直弼は、彦根藩第十一代藩主井伊直中の十四男として誕生し、5歳で母を、17歳で父を失ったため、藩の掟に従い300俵の捨扶持を受けながら、この館で32歳までを過ごしました。
 
 
 
 
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「世の中をよそに見つつ埋もれ木の 埋もれておらむ心なき身は」という和歌を詠んで、この館を「埋木舎」(ウモレギノヤ) と名付けました。
 
 
 
 
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ごく普通の武家屋敷といった感じの門を潜り、門内で入館料を支払うと、すぐ目の前に玄関が見えました。
 
これが後に彦根藩の藩主となり、おまけに幕府の大老として権勢を誇った井伊直弼を育んだ館とは、とても思えない 質素な館です。
 
 
 
 
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他の兄弟には、次々に大名家から養子の話があるのにも関わらず、一向にその候補にさえあげられず、悔しさに包まれ、情けない身の上に涙した青春時代でした。
 
「むっとして 戻れば 庭に柳かな」 という歌を詠み、風に逆らわぬ庭の柳を範として「柳王舎」と名付けた時期もあったようです。
 
 
 
 
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直弼の一生涯の親友であり、師であり、よき理解者であった長野主膳と遇い、三晩に亘って人生論を語り合ったのも、この「埋木舎」であったと伝えられています。
 
 
 
 
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舟橋聖一氏の小説「花の生涯」で井伊直弼が青春時代を暮らした館として登場し、NHK大河ドラマの第一号として放送され、俄かに注目を浴びました。
 
僅か46歳で水戸浪士らのテロで生涯を終えた直弼の短い一生は、多くの小説、ドラマに描かれています。
 
 
 
 
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この小さな館の中から、直弼はどんな気持ちで、この小さな庭を眺めていたことでしょう、、、。
 
彦根城の外堀に沿った小さな館が「埋木舎」でした。
 
 
 
 
 
 

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コメント

この時代での32歳というと、もう初老の域に入っていたのではないでしょうか?随分遅咲きだったのですね。

→ 鉄腕マトムさん

せっかく32歳で、この埋木舎を出たのに、46歳で亡くなってしまうのですから、本当に短い華の時期ですね~。

井伊直弼の無念さ 魂の崇高さのわかるレポートでした。
埋木舎 多分行ったでしょうに・・記憶が定かでありません。

→ 六花さん

私達も、前回彦根を訪ねたときは、天守閣の方に向かい、埋木舎は行きませんでした。

見学されてないかもしれませんね。

彦根城を訪れるのは、桜の時期ばかりなので、
「井伊直弼」の銅像しか記憶にありません。
長期ドライブ旅行記、楽しみに拝見します~♪

→ うさはるさん

彦根の街は、ゆっくり歩いてみたい街ですよネ!  とても情緒の残っている城下町です。

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