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2016年10月11日 (火)

越後の旧家・長谷川邸

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江戸時代初期から地域の大地主として庄屋を務め、昔の姿そのままに三百年を経た建物を残す長谷川邸を訪ねました。
 
越後最古の民家であり、国の重要文化財です。
 
 
 
 
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立派な長屋門を潜って邸内に入ると、その正面に趣きある茅葺屋根の豪壮な主屋が見えてきます。
 
あの主屋が建築されて今年で300年と云われる建物です。
 
 
 
 
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主屋は、宝永三年、塚野山の大火で焼失した後、再建を開始し、火災から十年後の享保元年(1716年)に完成したと伝えられており、その年から数えると今年2016年が再建300年の記念の年に当たります。
 
そんなことから、今年6月には、再建300年を記念する式典が行われ、地元出身のマンガ家・和月伸宏先生の作品展や歴史講演会などのイベントが行われました。
 
 
 
 
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三百年の風雪に耐えた主屋は流石に立派なもので、太い柱と頑丈な梁が支えるどっしりした屋根は見事な美しさを保っています。
 
 
 
 
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長谷川家は、戦国武士の流れをくむ名門で、慶長の頃には当地に住み着き、村役人として地域の開発に貢献し、住民の信頼を得て、代々村長(むらおさ)として庄屋を務めてきた旧家でした。
 
近代に入ってからも、塚野山郷の山村地主として栄え、地域の発展を支えてきました。
 
 
 
 
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幕末から明治にかけては、近郷四ケ村の耕地や山林の七割を独占し、百八十町歩余りの田から四千俵の小作料をあげた…といわれる大地主でした。
 
裏庭もかなり広大で、屋敷の間口は70mですが、奥行きは120mもあり、その豪勢な生活振りが偲ばれました。
 
また、屋敷の周囲には堀を巡らせ、まるで戦国時代の城を思わせる豪邸でした。
 
 
 
 
 
 

            

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コメント

へーぇと思って仕舞いますね。
こんな豪邸構えて一揆など起きなかったのかと

今の世まで生きながらえて語りかける家のすがたに
畏敬の念を感じます。

→ 六花さん

小作料が4,000俵という数に驚かされます。  まあ、近在の農地の七割を所有していたんですから、、、驚きですよネ! 

風格ありますね!
信越本線沿線もこの付近は、通過しちゃっていました。柏崎の近くなんですね^.^/

→ キハ58さん

長谷川邸は、信越本線の塚山駅の近くですが、長岡市に含まれています。 立派な豪農です。

大名屋敷と違い、随所に生活の香りが・・
これほど素晴らしい状態で300年とは驚きです。

→ 鉄腕マトムさん

それにしても、年間4,000俵の米が収入として入ってきたら、立派な大名です。

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