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2016年8月 5日 (金)

江戸の港町・御手洗(ミタライ)

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江戸時代より、瀬戸内海を航行する多くの船が風待ち、潮待ちの良港として入港していた「御手洗」(ミタライ)の港は、多くの情報が集まる場所として、幕末にかけて急速に発展しました。
 
街には四軒の「茶屋」が置かれ、花街としても隆盛を極め、船頭や水主頭は上陸して茶屋に揚り、乗組員である水主たちは「おちょろ舟」で遊女たちとの時間を楽しんだようです。
 
そんな昔話を、頭に鉢巻を撒いたお爺さんが、舟形を作る手を休めて、面白可笑しく私達に話してくれました。
 
 
 
 
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現在では、その繁栄はズラリと並んだ街並から偲ぶしか方法がなく、港の賑わいは想像するしかありません。
 
大きな石灯籠が御手洗港の当時の名残を感じさせてくれます。
 
 
 
 
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港から一歩古い街並へ足を踏み入れると、狭い路地が続き、江戸の昔を偲ぶことができる落ち着いた家並みが続きます。
 
皆様も、是非、駐車場に車を置いて、ゆっくりと街中を散策されることをお勧めします。
 
 
 
 
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御手洗の街をブラブラと散策している途中で見つけた給水弁、空気弁、そして電話ケーブルボックスの蓋です。 
 
いかに町の住民たちが御手洗の街並を誇りに思い、色々な形で保存してゆこうとしているのかを感じさせる絵柄です。 
 
瀬戸内海の小さな島に、こんな素晴らしい街があったなんて、、、思いもしませんでした。
 
 
 
 
 
 

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コメント

ひっそりと 忘れ去られたような町並みを
掘り起こし。。文章にも愛がこもります。

こんな橋 やはり愛着を感じてしまいます。

そういえば銚子の漁師たち
昔は漁に出られない時には舟の模型を作っていましたね・・
どこの漁師に家にも有りました・・
北欧の漁師たちは編み物をしていたそうで・・「フィッシャーマンセーター」

→ 六花さん

これだけ立派な灯籠のある石の橋なら、長く保存できそうですネ~!、

→ 鉄腕マトムさん

のこぎりやノミなどを使って、とても精巧な舟を作ってました。

器用なものです。 

フィッシャーマンズ・シップです。

まったく知りませんでした!
風情ありますね^.^/

→ キハ58さん

瀬戸内海の、小さな島に歓楽街があったなんて、私も全く知りませんでした。

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